―百穴と古代人伝説―

 埼玉県吉見町に吉見百穴(よしみひゃくあな)または(よしみひゃっけつ)と呼ばれる異様な横穴古墳群が存在します。そのぽっかりと口を開ける夥しい横穴が一目で尋常でない〝場〟の力を感じさせます。無数の穴が呼吸するその求心力に引きつけられます。

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 凝灰岩に開けられた穴は219個と言われます。1884年、人類学会を創設した坪井正五郎は横穴住居説を唱え日本人にはサイズが小さい事から体の小さな先住民族の土蜘蛛やコロポックルが住んでいた集団住居という説が浮上しました。コロポックルとはアイヌ語で〝蕗の葉の下の人〟と言う意味で、別名でトィチセウンクルは〝竪穴に住む人〟とも呼ばれています。アイヌ人は縄文人の血を最も強く宿していると言いますがコロポックルはまた別の古い時代の種族とも言われています。アイヌに土地を追われたコロポックルは〝トカップチ〟と呪いの言葉を唱えました。「水は枯れて魚は腐る」と言う意味で十勝(とかち)の語源になったそうです。土蜘蛛も朝廷や天皇にまつろわぬ土着の種族で他にも各地に蝦夷や長脛彦、荒脛巾など様々な地方種族が存在していました。中央政権に追いやられた人々は妖怪視され異形の者として伝説化していきました。

  百穴は考古学の発展により現在では集団住居ではなく横穴墓であるとされていています。6世紀末~7世紀末に造られ、それでも豪族や渡来人などの特殊な集団が葬られたらしいと言う事になっています。

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 また百穴には地下軍需工場跡があり太平洋戦争中、中島飛行機株式会社が大きなトンネルを掘りました。掘削の時、大勢の朝鮮人労働者が動員されたらしいです。鉄柵によって結界を張られた暗闇の向こうから冷気が流れ込み、入った瞬間、温度が変わるのが解ります。洞窟などは良く胎内回帰などと言われますがこの洞窟は陰の気を帯びた冷たい胎内の様です。

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 新しく生まれ変わる儀礼としての胎内潜りは近隣にある岩室観音で体験できるようになっています。体を動かし体感を伴う説得力のある儀礼、体験を得る事で効果が現れやすい様です。

 休業中の百穴温泉には、勝手に背中を流してくれる〝ボイラーおじさん〟と言う現代妖怪が出没したらしいです。百穴温泉の泉質はメタホウ酸を含み源泉温度9℃とされます。 

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 この吉見百穴から3㎞ほど離れた山中に岩黒横穴墳墓群と言うものがあり、百穴谷、首切り谷、地獄谷、茶臼谷、神代谷の五ヵ所に点在しておりまだ発掘されていない横穴は何と五百基はあるとされています。百穴よりも規模の大きい横穴群がまだ地中に眠っているとしたら何というポテンシャルでしょうか。この吉見の領域に集中して大量に墳墓が分布している事から古墳時代以前から多くの人々が住んでいた事が推測できます。

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 百穴を取材していると山や地域全体が神域、御神体で一つの存在と言う、地域を守る地主神のイメージが浮かびました。それは地霊であり精神風土とも言い換えられると思います。

 自分の体の外側に無限の宇宙が広がっている様に、体の内側にも広大な宇宙が広がっていると思います。行動する時その二つの宇宙に接していて、外側に行動する時、内側でも行動があるのです。場の力からフィールドの広がりを感じ何かを生み出す事を求めた時、精神風土や歴史、想像の世界、過去の記憶も含め多元化する複雑な心的感覚の中で、全く関係がないイメージが内側から浮かぶ事があります。

 その現地のフィールドの影響や自分の複雑に絡んだ因果応報の中から発想やイメージは生まれ、それはその場と関係性が無くても自己を中心軸にした一つの結果なのだと思います。そのイメージ、形に対し作品化したい衝動、欲求があるかが大事なポイントだと思います。何が大事か自己は無意識に知っていて、その衝動さえあればたとえ虎を取材したとしても龍を描いて問題無いのです。