​―鬼面石の蟒伝説―

 山形県南陽市金山に鬼面石(きめんせき)と言う異様な景観を呈する大岩があります。この地に〝蟒〟(おかばみ)が潜んでいたと言われます。蟒とは栃木県の日光のマタギによると龍の様な姿をしていて、宮城県での蟒は大蛇の姿で5尺(150㎝)あり煙草が苦手だと言われています。この場合はサイズから青大将の可能性がありますが、蟒とは大蛇またはそれに手足の生えた龍や蛟(鰐に似た怪物)様な姿のものと推測できます。この蟒は暴れて川に土砂を流し、その川は金山では〝蟒み沢〟として村人から恐れられていました。  

金山の登り口は「竜の口」と言われています。山全体が龍体であるかの様。

 冷たい空気と光線が辺りを包んでいます。流れ込んで来る気流、その山の斜面に突如として巨大な石の顔が現れました。完全な自然の造形物で人の手が作り出したものでありません。鬼面石が圧倒的存在感で迫って来ます。

 金山とは一般的に鉱山の事であり、鉱山や製鉄所にまつわる神は、金山毘古神(かなやまびこのかみ)金山毘売神(かなやまびめのかみ)金屋子神(かなやごかみ)とされている。この三つの神は夫婦とその子供の関係で、この三柱が揃って祭神とされ祀られいる所は金山大明神と呼ばれます。

 金山毘古神と金山毘売神の二柱は伊邪那美神(いざなみのかみ)が火之迦具土神(ひのかぐづちのかみ)を出産の際、火の神だった為、火傷を負い苦しんだ時、嘔吐しその吐しゃ物から生まれた神だとされています。

奥から覗いているのが鬼面石。

鬼面石。巨大さ、存在感が圧倒的。

 この鬼面石にはかつて〝鬼〟が住んでいて七日盆の日に奪った着物を近くにある〝竿掛け岩〟に干しそれを見た者は長者になるとも盲目になるとも言われています。鬼面石は笠石と呼ばれる石の笠を頭に乗せていて鬼面石が見つめる方向の秋葉山と形が似ているのが意味深でもあります。

 また鬼ではなく〝隠れ座頭〟という仙人が住んでいたとされる説があり、七日盆の日に向いの山まで網を張って装束や道具を干したと言います。この隠れ座頭は仙術を使い大雨を降らせたり土砂を流したりして村人を困らせていた蟒に対し金縛りの術で封じました。小さな白蛇に姿を変えられ観念した蟒は改心し諏訪明神の使いとして雨乞いの神として信仰されるようになったと言います。諏訪明神(健御名方神)の御神体は竜蛇という説があり、蟒はその眷属となり民話、伝説の中で新たなポジションを与えられました。狩猟の神、山の神としての諏訪信仰はその古代においては龍神、霊蛇信仰であったとも伝えられています。

鬼面石が被る笠石。頭の上に不安定な感じで乗っかっています。

笠石は鬼面石が見つめる向いの山々とシンクロしている様にも見えます。

​蟒(おかばみ)のドローイングイメージ

 隠れ座頭は隠れ里に住んでいるとされる事もあり、隠れ里とは山奥の理想郷の意味合いを持ち隠れ座頭の職業は不思議な力を持った技術とされる場合があります。

 蟒と隠れ座頭は戦い、隠れ座頭が勝利した伝説は鉱山で削った山河の氾濫と治水技術のせめぎ合いだったのかも知れません。山や岩や洞窟、河川などの特徴的な、または不思議な自然の造形物が具体的な物語と結びついた時、物語はリアリティーや説得力を持ち人々に理解、納得と言う形で心に納まるのです。

  近隣の日向洞窟は縄文人が住んでいた洞窟遺跡ですが、江戸時代まで鬼の岩屋と言われ鬼が潜む洞窟とされ恐れられていました。また南陽市は児童文学の浜田広介の出生の地で記念館もあり、泣いた赤鬼の作品が有名です。何かと鬼に関係がある土地に思えます。

  隠れ座頭の方も鬼面石の伝説では仙人とされていますが、元々は妖怪とされ子供を攫ったり、または人に福を授けるなど様々な伝承があります。場所が金山であることから鉱山であることが伺え、蟒を蟒み沢のメタフアーと考えるとその氾濫、土砂崩れを治水できる技術者(異人)を隠れ座頭とみなすことも出来ると思います。暴れる蟒の水流をコントロールできる隠れ座頭は鬼と並び外界から訪れた技術を持つ人間であり、何らかの理由で共同体からはじかれ鬼面石に流れ着いて畏怖された一つの人間の姿だったのかも知れません。異人(鬼)は畏怖されているゆえに干してある着物を見ると盲目になったり、技術者であるがゆえに隠れ座頭は福を授けるという伝承に繋がった可能性があります。

​隠れ座頭のドローイングイメージ

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