​―犬の宮・猫の宮伝説―

 私の住居兼アトリエは山間部で古い家屋な事もあり鼠が良く出ます。その事もあり、ある先生のお子さんが山で拾ってきた子猫を、鼠除けに飼う事にしました、猫の足音や匂い、気配だけで鼠は近寄らなくなると言います。土間の下や天井裏をパトロールし侵入者を見張ります。時より鼠を咥えて持って来て成果を見せます。大きな百足を持ってきた事もあります。

カリン(メス)拾われてきた時は、他の猫の分の餌まで全部食べてしまうほどお腹が空いていたそうです。

嫌な時は足を突っ張って抵抗するカリン。

 作品を発表する時は都会の方が良いのかも知れませんが、作品を造る環境は地方のほうが広いスペースが確保できたり自然が多かったりなど作家によってはメリットが多いかも知れません。特に天体が好きな方は街灯の少ない山沿い地域だと星の見え方が違うので新鮮だと思います。

​  月と金星が接近しています。弘法大師、空海は満月を悟りの象徴とし、また口に金星が飛び込んで来たと言います。付近に弘法大師が変身したとされる、〝腹痛を起こしている老人〟がいたとされる岩があります。

 

  この地域で制作活動をさせて頂くと、猫を始め猪、熊、猿、狸、蛇、羚羊など多種の野生動物を身近に感じる事が圧倒的に多くなりました。夜、ウオーキングすると闇から謎の威嚇の呼吸音が聞こえ身の危険を感じるほどです。

 制作活動をしている地域の近くに全国でも珍しい犬と猫をお祀りしたお宮があります。猫を飼い出したシンクロニシティなのかは解りませんがこの犬の宮、猫の宮にお参りするご縁に恵まれました。また付近に蛇壇(へびだん)と言う猫の宮と犬の宮に関連する伝説の場所もある様です。まず、犬の宮から訪れてみる事にしました。

 

 木と石を組み合わせた鳥居があります。幼少時、子供向けの妖怪の本で石の魂と木の魂が夜になると一緒に踊っているなどと書かれていて、その二つは相性の良いものと思っていましたが、現実のフィールドにも似た様な感性がある様です。

​ 長い石段が続きます。この上に犬の宮のお堂があります。子供達が造ったと思われる紙の灯篭がある時期もあり、やがて宵の薄暗闇にぽつぽつと小さく灯るのだと思います。

 

  犬は人類の最古の友かも知れません。その忠実な性格から人間の狩りなどの危険な仕事を共に行ってきました。ここは犬や猫が好きな人ならば訪れてみたい場所として知られている様です。

​ 犬の宮が見えて来ました。背後に太陽があり、計算して建てたのでしょうか。眩しい様な神々しさがあります。

 犬は良く神話において、あの世の入り口の門番、来世の案内役などをイメージする文化圏もあり、見えない危険を人間に知らせる能力で霊的な存在と考えられて来ました。

 神話の特性通り、犬の狛犬が門番として座っています。神社の門番はその神社の神使が用いられる事が多く色々な種類があります。

 犬の宮の由来は和銅年間の頃、この土地(高安村)は役人に年貢を納める決まりになっており村人は苦しんでおりました。そんな折、旅の僧が一夜の宿を求めその時、不当な年貢の話が耳に入りそれは人間でなく魔物の仕業と思い、村人に策を授け村を去りました。

  村の衆はその役人達を酒席に招き、甲斐の国から連れてきた三毛犬、四毛犬を放ちました。

  役人達と戦いになり、やがて見事倒しました。その役人達の正体を現し大狸でした。三毛犬、四毛犬も傷つき倒され、この二匹の犬を村の鎮守として祀ったのが犬の宮の由来となっています。以後村は難産も無く栄えました。そして、この地の高安犬は強靭な耐久性と気性の激しさを持つ狩猟犬として有名です。

​ 夥しい犬の写真が貼られています。犬の宮は犬の供養の場としての意味も持ちます。

 猫は家に付き、犬は人に付くと言います。亡くなられた犬に対する強い思いが伝わってきます。

 次は猫の宮に向かってみます。無数に張られた写真のカラフルさや桜の花がどこか異国情緒を漂わせます。猫は仏教伝来と共に経典を鼠から守るために日本に持ち込まれたらしいです。猫も犬と同様、危機を察知する能力があります。猫は飼い猫であってもその感は鋭く、猫の様子を見ていると、ある程度の大きさの生物であれば、家の中に何かが侵入したのが解る時があります。

 猫の宮も亡くなられた猫の写真が張られその供養の場となっています。夥しい写真の量が一種異様な雰囲気を漂わせています。何かが夥しいというのは感応を引き起こす一つの要素だと思います。猫の宮の裏にも巨石がある事からこの場所も太古からの霊的な場だったのかも知れません。

 猫の宮の由来は延暦年間の頃、(犬の宮の和銅から約70年後)この地の庄屋の夫婦がおり子がおりませんでした。代わりに猫を授かりたいと願っていると、観音様が現れ「猫を授けるから大事に育てよ、さすれば村中安泰、養蚕が盛んになる」とのお告げを受けました。授かった猫に〝タマ〟と名付け大事にしました。しかし何年かの歳月が経つと、タマは何処へ行くにも後を付いてきて、何者かを狙う様に睨みます。その異様さに主人はタマを切り殺してしまいます。

 しかしその時、タマの首が天井裏に隠れていた大蛇の首に食らいつき、そのまま殺してしまいました。この大蛇は昔、三毛犬、四毛犬に退治された大狸の怨念の化身で、タマは観音様の化身であったそうです。村人はタマを丁寧に葬り観音堂を立てて供養しこのお堂が猫の宮になり、お告げの通り村は安泰で養蚕が盛んになったそうです。

 付近に樹霊一千年の蛸杉が聳えます。蛸の足の様な根っこが四方へ広がっています。別名、子育ての杉とも言われます。

  また大狸の化身の大蛇を供養した〝蛇壇〟が近隣にあり、ここは複数の岩を円に並べた縄文時代の祭壇遺跡(ストーンサークル)の様です。異様な形の杉が蛇体を連想させます。

​ 縄文時代からの遺跡や古墳などの場所に後の人々がその上にお墓を立てたり、お堂を建てたりする、二重の重なりがある歴史的な場所は良くある事の様です。大狸の化身した大蛇の様な人に対して悪い妖怪でも供養しお祀りし、恨みや怒りを鎮めて頂くよう治めるのは日本人の特徴だと思います。

  春になると良く現れる青大将。最大のものは二メートルに達し、良く民家に侵入し天井の梁からぶら下がって村人を驚かしたそうです。大蛇伝説の正体は巨大化した青大将かも知れません。

​ 好奇心が強くカメラを怖がらずに向かって来ます。犬の宮、猫の宮、蛇壇と動物に関連した霊域が集中してある事からも、昔は現代より動物達の存在感が強い生活環境だった事が伺えます。

 しかし現代では野生動物達のテリトリーや環境が激変していて昔では生息しない獣が増えているそうです。猪と豚の交雑種の様な巨大な獣も山を越えて来たと言う噂もあります。

 山間部で制作活動を始め、野生動物と接する事は増えましたが、あまり可愛いと言う印象は持つ事が出来ません。深夜アトリエ周辺を歩くと不気味さや恐ろしさの方が先に感じてしまいます。その怖さは実際に対峙しないと伝わりにくいと思います。夜の闇の中から現れる穴熊か狸か判別の付かない貉(ムジナ)の奇妙な存在感、熊の威圧感、猪の攻撃的な呼吸音、何処に潜んでいるか解らない蝮(マムシ)の不可視の毒牙。獣は夜の闇を纏った時、物の怪や神獣の畏怖を現代でも十分に発しています。

 

 絵画では猫はどちらかと言うと可愛い表現が多いと思います。そう言った絵画表現は苦手で同じネコ科でも虎の表現へいつも傾いてしまいます。描きたいものと目的を明確にするのも大事だと思います。虎に傾くと言う事は虎を描くべきと言うメッセージだと思います。

 昔の画家は猫を見て虎の絵の参考にしたと言いますが、確かに気分屋なところや完全に飼いならすのが難しい神秘的な存在にも見えます。猫はシンボルとして謎めいた存在や束縛からの自由を意味するらしく、私もその霊的な猫の雰囲気を虎図に置き換えられたと思っています。家猫のカリンを捕まえて、虎の後ろ脚の骨格はどうなっているのだろうと、調べてみたりもしました。もしかしたら動物と接する事が多くなり、神獣を描かせて頂く機会が増えたのも自然の多い地域で制作させて頂いている画家としてごく自然な事なのかも知れません。

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